思考の途中:途中の思考(1) 小田亮


2003年5月

 5月10日(土)に、近藤英俊さんが主宰している研究会「アフリカセミナー」(もう第58回だそうだ、近藤さんに敬意)に出席して、国士舘大学鈴木裕之さんの「アビジャンのストリート文化を『解釈』する」という発表を聞いてきた。事前に送られてきた近藤さんの案内文には、鈴木さんが書かれたと思しき、つぎのような概要が添えられていた。

 コート・ジヴォワールの大都市アビジャンにおけるストリート文化生成の様態を記述した拙著『ストリートの歌:現代アフリカの若者文化』〔2000年、世界思想社〕の内容を現地で撮影したビデオを使用しながら紹介し(ストリート・ボーイの経済活動、身体技巧、ストリート・ダンス、レゲエとラップ)、このサブ・カルチャーをいかに解釈するべきか(抵抗?ブリコラージュ?クレオール?文化の生産あるいは消費?・・・・・)について考察する。

 現地で「ヌゥシ」(悪漢という意味か)と呼ばれるストリート・ボーイを撮影したビデオは、アビジャンで出されたレゲエやラップの曲のPVをところどころに挿入してあって、よくできたビデオだったし、鈴木さんの話も面白かった。 
 鈴木さんは、ストリート・ボーイたちの作り出したストリート文化を、「適応」とか、あるいはそれをもっと主体的な実践として転換した「抵抗」と解釈したり、「クレオール」と意味づけたりすることが(ある側面を捉えていても)、何かを抜け落としてしまうと述べて(この辺は、鈴木さんは否定していたけれど、松田素二さんへの批判かと思った)、アメリカ合衆国の黒人文化やジャマイカの黒人文化、そしてハリウッド製のバイオレンス映画や空手映画など、マスメディアによってもたらされた外部からの素材を「ブリコラージュして自己のおかれた状況の中に再文脈化」したものと述べるにとどめていた。たとえば、ジャマイカのレゲエから「ゲットー」ということばや、アメリカのラップから「ストリート」という語を取り入れても、それらのことばはアビジャンにいる自分たちの状況の中に再文脈化されて異なる意味を持つ語として用いられているというわけである。
 ところで、このところ日常的実践をささえる共同体ないし共同性ということを考えている僕が興味をもったのは、学校を代表とする主流社会から落ちこぼれた(そして家庭からも排除された)「除け者」であるストリート・ボーイたちが、スラングやダンス、暴力を含む身体技法、そして自分たちの遊びのルールによって、ストリートという世界を「閉じた世界」として形成しているという鈴木さんの話だった(真面目にメモをとる習慣がないので、ことばづかいは不正確)。
 つまり、主流社会の視点(つきつめれば西欧近代の「市民社会」の視点)からみれば開かれた公共空間であるストリートをブリコラージュという実践によって自分たちにとって閉じた世界として「再領有」しているという見方が興味深い点だった。
 この見方は、近代社会が創りだした「開かれた市民社会/閉じた共同体」というオリエンタリズム的な二元論と似ているようにみえるかもしれないが、まったく異なるものだ。その違いは、ドゥルーズガタリが『千のプラトー』(1994年,河出書房新社)で述べている平滑空間と条里空間の違いを援用すると分かりやすいかもしれない。ドゥルーズガタリによれば、条里空間は計量的空間であり、そこでは人は「空間を占めるために数える」のに対して、平滑空間はベクトル的・トポロジー的空間であり、そこでは人は「数えることなく空間を占める」。市民社会の公共空間が「開いたもの」とされるのは、その空間で一義的に位置づけられた役割を担う、代替可能で交換可能な個人(すなわち計量できる個人としての「市民」)であれば、誰でもその空間を占めることができるからである。いいかえれば、そのような公共空間は、条里空間として開かれているのである。そこでは計量可能・比較可能な個人であれば(すなわち明確な役割をもっていれば)、人種や階級や出身やジェンダーや思想・信条などによって排除されることなく、誰でも接近可能である。
 けれども、ストリート・ボーイ(学校から落ちこぼれたワルとしての「ヌゥシ」)のように、計量できない個、すなわち危険な者や散臭い者たちは、そのような条里空間としての公共空間に場所を占めることができない。彼らは市民的価値を身につけていない「除け者」であるゆえに、セキュリティと治安の名のもとに、いつでも排除されるし、彼らの居住空間である「ゲットー」は公共空間から分離・排除され、そこの住人たちは、「ゲットー」という「計量できないがゆえに見えない空間」封じ込められているのである。
 それに対して、ストリート・ボーイたちが「閉じる」ことで自分たちの空間として再領有しようとしている「ストリート」は、平滑空間をなしている。そこでの「等質性は無限に接近する点同士の間にしか存在しないのであり、近傍同士の接合は特定の道筋とは無関係に行われる」(『千のプラトー』)。閉じた世界としての「ストリート」は多様な接合によって「ゲットー」とも「主流社会」とも繋がっているが、条里空間に暮らす主流社会の住人たる市民には計量可能な特定の道筋しか見えないために、彼らの共同体たる「ストリート世界」は、誰もが接近できるわけではない「閉じた均質の共同体」としか見えない。しかし、それは交換不可能で代替不可能な個、接触し合う個に対してはつねに/すでに開かれている。かれらはそこを条里空間とは異なる平滑空間とするために閉じるのではあるが、計量不可能な個の間の「微細な接触行為の空間」である平滑空間としては開かれているというわけだ。
 重要なことは、同じストリートという物理的空間が、主流社会では条里空間とされ、周縁化されたストリート・ボーイの側からみれば平滑空間として構築されているという点である。条里空間と平滑空間は実体として別々に分けられた空間なのではない。また、ミシェル・ド・セルトー流にいえば、ストリートは、ストリート・ボーイたちにとって他者の法、他者のエコノミー、他者のことばによって支配されている「他者の場所」である。それは主流社会によって作られ、その法によって包摂されている。そこでストリート・ボーイたちが作りだす共同体は、近年、「閉じられた伝統的な共同体」(という誤った概念)に代わって人びとの連帯や共同性を指すものとして唱えられている「創発的な連帯」(ジュディス・バトラー)などとは違って、一時的なものでも「公共的」に開かれたものではない。それは、主流社会の支配に包摂された「他者の場所」のただなかにおいて、その条里空間としての公共空間から除け者にされたストリート・ボーイたちが、メディアや外部からの素材をブリコラージュして作った自分たちのルールや身体技法や言語使用によって、その空間を自分たちの世界として閉じる(=再領有する)ことで、開かれた平滑空間を現出させたものなのである。
 たしかに鈴木さんのいうように、自分たちを支配し包摂している「他者の場所」としての条里空間に暮らしながら、与えられたその空間の一部をブリコラージュによって自分たちの平滑空間に変容させていく日常的な実践は、条里空間によって「真面目」に捉えたときの「抵抗」や「クレオール性」という意味づけをしてしまうと違ったものとなろう。そのような実践にふさわしいものは、たとえばベンヤミンのいう「フラヌール」が都市を「歩く」行為であり、それを「適応」とか「抵抗」と解釈するのは大げさすぎるだろう。しかし、フラヌールが「特定の道筋とは無関係に」都市を歩くとき、彼は自分の楽しみのために、他者が作り他者の法やエコノミーが支配している条里空間を断片的に平滑空間に変容させているのである。その「変容」という意味に注目して、その意味においてそのような実践を「抵抗」と呼ぶことにも、鈴木さんは反対するのだろうか。
 ところで、アビジャンのストリート・ボーイたちがつくりだしているような、スラングの使用や独特のダンスという身体技法によって閉ざされたまとまりは、近代の公共性の原理からみれば「等質な価値に充たされた空間」のようにみえるかもしれない。そして、「これに対して、公共性の条件は、人びとのいだく価値が互いに異質なものであるということである。公共性は、複数の価値や意見の〈間〉に生成する空間」であるというわけである(斎藤純一『公共性』、岩波書店)。けれども、この空間に共存する「複数の価値や意見」の〈複数性〉は計量可能なもの、数えられるものである。いいかえれば、条里空間では、多様な意見や価値はそれが比較でき計量できるかぎりにおいて、そしてその計量によって区別できるかぎりにおいて共存可能となるのである。
 しかも、その公共性の「寛容さ」は、自己の反対像として「閉鎖的かつ等質かつ同一的な共同体」というイメージを「発明」し、自己と他者のオリエンタリズム的二元論を創りだすことによってのみ維持されている。つまり、この代替可能で交換可能な個の計量可能な多様性を容認する「寛容」な市民社会の公共性は、それとはまったく異なる〈他なるもの〉としての「共同体」を他者にたえず投影することによって維持されるのである(現在では、イスラーム原理主義者のイスラーム共同体などがその投影先になっている)。
 人類学者によるフィールドワークという営みは、フィールドを「手による接触の空間、微細な接触行為の空間」としての平滑空間とする実践であったはずだ。にもかかわらず、社会学者だけでなく人類学者のなかにも、条里空間と平滑空間の区別を見落として、市民社会の公共性と共同体の二元論に囚われた議論をする者がいるのは驚くべきことかもしれない。それは、フィールドワークによって養われる人類学的センス(すなわち、ここでは平滑空間に対するセンス)が衰退していることを示しているのだろうか。もし、そうだとすると、それは人類学が社会科学に貢献できる唯一のセンスがなくなっていることを意味しており、人類学の存在意義が内部から崩壊していることを物語っていることになるのだが。