社会の二層性あるいは「二重社会」という視点――小さなものの敗北の場所から―― 小田亮


 タイトルについての説明からしておこう。「社会の二層性」ないしは「二重社会」という視点は、最近、湖中真哉さんが、『牧畜二重経済の研究』[湖中 2006]によって見事によみがえらせた、J・H・ブーケの「二重経済」論の前提となっている「二重社会( dual societies )」という用語を、レヴィ=ストロースのいう「真正性の水準( niveaux d'authenticite )」の議論の帰結を表すのに援用したものである。この講演では、この視点を、グローバル化に直面して絶望的な困難さを抱えながら生きている「小さなもの」たちが、その生をまっとうするための実践を理解するのに必要かつ重要となる視点として、提示したいと思う。そして、副題として付けている「小さなものの敗北の場所から」というのは、思想史家の市村弘正さんの「小さなものの諸形態」というエッセイから取ったものである。
 市村さんは、そのエッセイの中で、社会言語学者の田中克彦さんが、「小さな言語」が小さいままに生き続けることの絶望的な困難さを指摘したことを受けて、つぎのように言っている。

 たしかに流通力とその範囲を問題にするかぎり、小さな言語は敗けいくさを戦わざるをえないだろう。遺棄されていく小さなもの。この現代性の形姿をここにも確認するほかはないのだろうか。しかし、小さな言語が放棄を迫られるままに消えていくのでないとすれば、それを肯んじないとすれば、そこに何が現れるだろうか。
 困難ないくさを戦うものが小さな人間たちであるかぎり、何よりも話し手の姿とその話し方が現れるだろう。そして、かれらによって担われる、意味のレベルに還元できない「声」が現れるだろう。その姿も語り口も、話し手1人1人において異なっているだろう。小さな言語の小ささを担保するこの異質性は、国民文学的言語の平準性にどこまでも逆行する。統合の圧力によって追いつめられるとき、小さな言語が切れ切れに露わにするのは、このような存在の不均質さそのものだ。それは地域の生活を離れた統一にはなじまない抗体である。それは「一丸となる」国家語の形式をもちえない粒子である。[市村 2004:53]


 市村さんは、守田志郎さんの『小さい部落』(のちに『日本の村』と改題)と人類学者のピエール・クラストルの『国家に抗する社会』を引用したあとで、つぎのように続ける。

 文明化の過程は、小なるものを劣位におき負荷をおわせることによって進行する。小農の部落も未開社会も、一方的な敗けいくさを強いられざるをえない。それは避けがたい。しかし、敗北の場所はまた思考の場所でもあるのだ。獲得される敗北とは、このような場所を志向することだろう。大きくならない知恵を内包する部落の「小ささ」や、国家を生成しない社会の「未開性」は、そういう場所として私たちに大切な思想を手渡しつづける。[市村 2004:62-63]。

 文化人類学は、アフリカの田舎でフィールドワークする場合でも、日本の都市で調査する場合でも、そのような小さなものの敗北の場所を志向する学問である。それは格好良いヒロイズムからでも、敗者への同情からでも、失われたものへのノスタルジーからくるのでもなく、それらのものを何1つ持ちあわせていなくても、そうなっている。それは、たんに、フィールドワークという、自分の身体を調査の手立てとする研究方法を採用してしまったことから、そうなのである。人類学者は、身体の届く範囲という、小さな場所を調査対象にして、そこで小さなものの小さな声を聞くことを研究方法としてきた。そのような小さな場所や小さな声は、ますます一方的な敗北を強いられているので、人類学者の赴く人類学的な場所が、敗北の場所となってしまったというわけである。
 しかし、敗北の場所を志向する人類学は、市村の言い方を借りれば、その場所を十分に「思考の場所」としてきたといえるだろうか。なるほど、人類学者は、E・W・サイードオリエンタリズム批判やポストコロニアル批評などをきっかけにして、これまでの人類学が調査対象の現地の人びとに代わって、かれらの文化の全体像を、周囲との関係から離脱した超越的視点から表象してきたことへの反省を始めた。しかし、その自己反省は、その代弁者というポジションへの批判に強調が置かれ、自分たちもまた敗北の場所に生きていること、そしてその敗北を獲得すること、すなわち「存在の不均質さ・複雑さ」を露わにする「小さなもの」の思考を自分たちのものにすることの重要性を隠蔽してしまったのではないか。
 小さなものの敗北の場所を志向するというと、ローカルな場所の差異や特殊性を拠り所とすることはグローバルな資本主義に対抗するための拠点とはならないという批判が出てこよう。そもそも「存在の不均質さ」を露わにする「小さなもの」に依拠したのでは勝つことができない。それよりは、異なるけれども対抗できる「大きさ」を志向したほうがいいのではないか。あるいは、「存在の不均質さ」そのものが創られた差異であるのではないかという疑問もあるだろう。そのような批判の代表的なものが、ネグリとハートによるものである。彼らは、『〈帝国〉』のなかで、「ローカルなもの」に依拠してグローバルな資本主義に対抗しようとする近年の動きをつぎのように批判している。

 しかしながら、私たちは、そのようにローカルなものに固執する立場を擁護する何人かの者たちの精神を高く評価し、それに敬意を表するのにはやぶさかではないが、いまやその立場は間違ったものであり、有害なものでもあると主張したい。その立場が間違ったものであるのは、何よりもまず、問題の提起の仕方がまずいからだ。問題を特徴づけるさいに、グローバルなものとローカルなものという誤った二項対立にもとづく問題設定が、多くの場合なされている。その問題設定では、グローバルなものは均質化や差異のないアイデンティティをもたらすが、それに対してローカルなものは異質性や差異を保持している、と想定されている。(中略)諸々のローカルな差異は現在の状況に先立って存在しており、それらはグローバリゼーションの侵入から防衛ないし保護されなければならないものである、というわけだ。(中略)それよりもむしろ問題として取り上げる必要があるのは、まさにローカル性の生産、すなわち、ローカルなものとして理解される諸々の差異とアイデンティティを創出し、再創出している社会的諸機械なのである。ローカル性に属する諸々の差異は、あらかじめ存在するものでもなければ自然なものでもなく、むしろ、ある生産体制の効果にほかならない。[ネグリ/ハート 2003:67-68]


 このように、ネグリとハートは、ローカルなものとは、グローバルなシステムそのものがグローバルなものと同時に創りだしているものだという。ネグリとハートは、つぎのように続ける。

 おまけに、グローバリゼーションへの抵抗とローカル性の防衛というこの左翼的戦略は、有害なものでもある。なぜなら、多くの場合、ローカルなアイデンティティとして立ち現われるものは、自律的なものでも自己決定的なものでもなく、じっさいには資本主義的な〈帝国〉機械の発展を助長し、支援するものであるからだ。〈帝国〉機械が作動させるグローバル化や脱領土化は、じつのところ、ローカル化や再領土化に対立するものではなく、むしろ差異化と同一化からなる可動的かつ変調的な回路を働かせるものなのだ。ローカルな抵抗という戦略は敵を誤認し、それによって敵を隠蔽してしまうのである。[ネグリ/ハート 2003:68]


 ローカルなものが、均質性が割り振られるグローバルなものに対立するものとして、同じシステムにおいて特殊性が割り振られるものとして生産されるものであって、その異質性や差異はそのグローバルなシステムを支えるものであるというネグリたちの意見には賛同できる、そのようなローカル性や民族性の生産については、人類学者も以前から報告していよう。
 しかし、ネグリたちが見落としているのは、システムが生産するローカルなものの異質性や差異とは、比較可能で入替え可能な特殊性であるのに対して、そのような特殊性とは異なる、比較不可能な「存在の不均質さ」というものがあるということだ。すなわち、ここで言っている「小さなもの」の「存在の不均質さ」(私はそれを「生の複雑性」と呼んでいる)とは、比較可能な特殊性として生産されるローカルなものとはまったく別のものである。それは、比較しえないものであり、グローバルな均質性(一般性)とも、それと同じシステムで創りだされるローカルな特殊性とも異なる、普遍的で単独的なものだ。
 いいかえれば、ネグリたちの批判が当たっているのは、「一般性−特殊性」という対立軸におけるローカルなものの差異や特殊性の生産についてだけである。たしかに、グローバルなものをローカルなものに変えるグローカリゼーションの例として挙げられるマクドナルドの「テリヤキ・マックバーガー」は、比較可能で交換可能な差異の生産でしかなく(商品なのだから当たり前だが)、一般性によるグローバリゼーションを支えるものでしかない。けれども、ネグリたちが忘れているのは、それとはまったく異なる「普遍性−単独性」という軸があるということである[cf.ドゥルーズ 2007:20-21]。
 その違いを明らかにする上で重要なのが、レヴィ=ストロースの「真正性(ほんものらしさ)の水準」という区別である。そして、グローバリゼーションとネオリベラリズム的な支配に対抗するために、あるいは「小さなものたちの敗北の場所」を思考の場所へと変えるために私が提示したい、「二重社会」ないし「社会の二層性」という視点は、その真正性の水準の帰結である。二重社会という視点とは、「近代以降、ひとは、真正な社会と非真正な社会(レヴィ=ストロース)という、異なるあり方をした2つの社会を同時に、二重に生きている」というものである。
 「真正性の水準」とは、レヴィ=ストロースのことばによれば、「3万の人間は、500人と同じやり方では1つの社会を構成することはできない」という、単純な区別である。しかし、この単純さが重要なのである。レヴィ=ストロース自身、この区別の導入こそが人類学の社会科学に対する最も大きな貢献となるだろうと言っている[レヴィ=ストロース 1972:409]*1
 この区別によって、現代の社会は、他の人びととの対面的なコミュニケーションや関係性による小規模な「真正な(ほんものの)社会」の様相と、より後になって出現した、メディアに媒介された間接的なコミュニケーションによる大規模な「非真正な(まがいものの)社会」の様相とに区別される。レヴィ=ストロースは次のようにいう。

 われわれの他人との関係は、折にふれての、断片的なもの以外、もはや、あの包括的な経験、つまり、1人の人間が他の1人によって具体的に理解されるということにもとづいてはいない。われわれの人間関係は、かなりの部分、書かれた資料を通しての間接的な再構成にもとづいている。われわれが過去に結びあわされるのは、もはや、物語り師、司祭、賢者、故老などの人々との生きた接触を意味する口頭伝承によるのではなく、図書館につまった本によるのであり、それらの本を通して、鑑識力が骨折ってその著者の表情を再現するのである。現在の面では、われわれは、同時代人たちの圧倒的な大部分と、あらゆる種類の媒介――書類、行政機構――によって連絡しているのであるが、これらの媒介は、多分、途方もなくわれわれの接触を拡大してはいるが、しかし同時に、われわれの接触に、まがいものの性格を付与しているのである。[レヴィ=ストロース 1972:407-408]


 つまり、近代社会においては、社会関係は、もはや、1人の人間が他の1人によって具体的に(比較不可能な複雑性を残したまま)理解されるというやり方にもとづいてはおらず、かなりの部分、書かれた資料やメディアを通しての間接的な再構成にもとづいているということだ。そのことによって、私たちの接触=コミュニケーションにまがいものの(非真正な)性格を付与していると、レヴィ=ストロースはいう。「ほんもの(真正性)」と「まがいもの(非真正性)」という用語は評判が良くないが、ここで言われている「まがいもの性=非真正性」は、「あの包括的な経験、つまり、1人の人間が他の1人によって具体的に理解されるということ」による複雑さの縮減、いいかえれば規格化され単純化された一般性への還元、比較可能なものへの還元ということを意味しているにすぎない。その還元は「一般性−特殊性」という軸への還元と言いかえられる。非真正な社会は、「一般性−特殊性」の軸によって特徴づけられるが、それに対して、「普遍性−単独性」の軸は、「1人の人間が他の1人によって具体的に理解される」ことが必要条件となるゆえに、真正な社会においてのみ成立する。
 そして、重要なことは、レヴィ=ストロースは、この区別が近代社会にも残っていること、つまり近代社会のなかにも「真正な社会」という様相が、たとえば近隣や職場といった形で残存していると指摘していることである[レヴィ=ストロース 1972:409-410]。近代文明は、阿部年晴が指摘しているように、これまでの文明とは違って、小さなローカルな地域社会にまで、自らの原理を貫徹させようと侵入している文明である[阿部 2007]。この近代文明の特異な性格によって、現代を生きる人々は誰も、非真正な社会に包摂されている。それによって、非真正な社会に包摂され、そのような社会を生きながら、同時に、真正な社会をも生きているという「二重社会」の様相が現れたわけである。「近代社会以降、ひとは、真正な社会と非真正な社会という2つの社会の様相を同時に、いわば二重に生きている」という「二重社会」という視点が、レヴィ=ストロースの真正性の水準という区別の帰結であるというのはそのような意味である。
 ところで、ハーバーマスもシステムと生活世界という社会の二層性という見方を提示している。そこで、それと非真正な社会と真正な社会の二層性の視点の違いについて、簡単に触れておきたい。レヴィ=ストロースの「真正性の水準」の区別の単純さが重要だと言ったが、そのことがそれによって明らかになろう。違いがどこにあるか、単純化していえば、ハーバーマスが、システムと生活世界の区別を、国家とその媒体である権力というメディアや資本主義とその媒体である貨幣というメディアといった構成要素の有無によって区別しようとしているのに対して、レヴィ=ストロースによる非真正な社会と真正な社会の二層性の視点では、特定の構成要素の有無ではなく、どのような関係のなかにあるかという様相の違いによって区別しているという点にある。たとえば、ハーバーマスのいうシステムは、端的には国家と資本主義(市場経済)からなっていて、生活世界というのは、そのような権力や貨幣というメディア(媒体)のない層だということになる。ハーバーマスのいう「生活世界の植民地化」とは、権力や貨幣というメディアが生活世界に侵入してきて、システムの特徴である道具的行為のネットワークがそこで形成され、コミュニケーション的行為からなる生活世界を歪めていくという事態を指している。ハーバーマスは、そのことが現代社会の「社会病理」の原因としているが、それは、それは「社会の二層性」がなくなるという結論に到達することにほかならず、それに対抗する手立ては、ハーバーマスの視点からは見出すことができない。
 それに対して、非真正な社会/真正な社会の区別においては、真正な社会に貨幣や市場経済が入り込んでも、真正な社会の歪みや汚染とは見なさず、その区別は維持されるという見方にたつ。真正な社会には、もともと貨幣や市場交換があったのであり、真正な社会/非真正な社会の区別は、貨幣や国家権力といった媒体の有無によるのではなく、「1人の人間が他の1人によって具体的に理解されるという包括的な経験」の複雑さが縮減されているかいないという区別によるものである。
 たとえば、レヴィ=ストロースのいう「3万の人間は、500人と同じやり方では1つの社会を構成することはできない」という区別は、同じ貨幣や行政や議会やなどのメディアそれ自体の違いとして現われてくる。レヴィ=ストロースは、シャルボニエとの対談で、議会という制度を例にして、つぎのようにいっている。

 町会や村会*2の運営と、国会の運営との間には、程度の差だけではなく質的な差があることは周知の事実です。前者の場合、特に或るイデオロギー的内容に基づいて決議がなされるというわけではなく、ピエールとかジャックとかいう個人の考え、とりわけその具体的な人柄を知ることも、考えを決する基となります。その場合、人々は全体的に、大づかみに、人の行動を把握することができます。思想もたしかに問題にはなりますが、しかしそれらの思想は小さな共同体の1人1人の成員の身の上話や家庭事情や職業的活動によって解釈されうるものです。こんなことはみな、或る人数以上の人口の社会では不可能になります。私がどこかで「真正性の水準」と呼んだのはこのことを指しているのです。[シャルボニエ『レヴィ=ストロースとの対話』(みすず書房)55-56頁、訳語は一部変更した]

 ここで言われていることのひとつは、真正な社会では、個々の人間や人間関係は複雑で包括的なものとして把握されるが、非真正な社会では、その複雑性が縮減され、イデオロギー的な立場や、民族・階級・ジェンダーといった単純なカテゴリーに還元されるということである。複雑性が縮減されて単純化されて把握されるというのは、それらのカテゴリーを多元的に組み合わせても同じだ。非真正な社会である大規模な社会を複雑な社会と呼ぶが、そのような社会では、関係も個人も代替可能な役割に単純化されることで把握されている。そして、ここで言われているもうひとつのことは、同じ議会という制度が、真正な社会と非真正な社会とでは質的にも異なるものとなっているということである。そのことは、市場経済や貨幣についても言える。
 近代になって非真正な社会の原理が真正な社会に浸透していくのは、それが貨幣や国家権力といった「一般化された媒体」を通して入ってくるからであるが、重要なことは、真正な社会においては、「普遍性−単独性」の軸があるゆえに、一般化された媒体も、真正な社会ではその一般性という性格を変えざるをえず、非真正な社会におけるそれとは異なったものになるということなのである。つまり、真正な社会が非真正な社会に包摂されて、それらシステムの媒体(貨幣や権力)が真正な社会に入り込んだときに、真正な社会は、その一般化された媒体を、「普遍性−単独性」の軸にそって、一般性を持たないものへと変えることで、非真正な社会との境界を維持し、それによって「二重社会」が創りだされているのである。
 人々が、真正な社会において、貨幣を、非真正な社会の市場経済における貨幣とは違うものにしている事例は、人類学者の書いた民族誌によっても確認することができる。紹介するのは、シャロン・ハッチンソンの『ヌアー・ジレンマ』[Hutchinson 1996]である。
 ハッチンソンは、ヌアー社会では、1980年代に牛が商品化されたという。牛がマーケットで売買されるようになっただけではなく、花嫁の父親が認めれば、婚資を牛ではなく現金で支払うといったことも起こっている。しかし、ハッチンソンは、そこで起こったことは単なる牛の商品化ではないという。彼女は、「牛が商品化されると同時に、商品が『牛−化 cattle-ified 』されたのであり、さらにいえば、貨幣が『牛−化』されたのだ」[Hutchinson 1996:98]と言っている。
 ハッチンソンによれば、牛が商品化され、婚資の交換に貨幣が侵入してきたことにともない、ヌアーに、牛と貨幣に関する5つの基本的なカテゴリーが出現した。1番目は、「娘による牛 the cattle of girls/daughters 」というカテゴリーで、花嫁の親族が受け取った婚資の牛を指しており、親族関係による相続の権利と義務の体系によって、その複雑な所有が規定されている牛である。2番目は「お金による牛 the cattle of money 」というカテゴリーで、購入された牛を指す。それは、親族関係による複合的な権利はほとんどない牛である。
 3番目は、「仕事によるお金 the money of work 」で、労働によって得た賃金や穀物・魚・ワニの皮などを売って得たお金を指す。これと対立するのが、4番目の「牛によるお金 the money of cattle 」というカテゴリーで、牛を売って得たお金である。前者は、個人的な所有物となるのに対して、後者は、集団的に所有している牛を売って得たお金であるため、そのまま権利は残る。面白いことに、個人的に所有される「仕事によるお金」を持っていると、親族や知り合いから子供の学校の費用やビールを飲むために請求されるが、「牛によるお金」は、まったく異なる次元のお金で、理念的には再び牛を購入するために使われるものであり、マーケットプレイスで持っていても、奢ることを要求されることはないという。
 5番目のカテゴリーは、2番目と同じく「 the cattle of money 」と呼ばれているが、実際には牛ではなく婚資の牛の代わりに支払われたお金を指している。つまり「お金の牛」である[Hutchinson 1996:85-87]。
 このように、牛の商品化(牛と貨幣の等価関係の成立)にともなって、ヌアーでは、それを巡る5つのカテゴリーが創られた。これら5つのカテゴリーの区分は固定されたものではなく、相互に変換されるものとなっている。たとえば、「お金による牛」は、婚資のやり取りを通して、「娘による牛」へと変換されるし、「娘による牛」は売ることによって「牛によるお金」に変換され、そのお金で牛を購入すれば、「お金による牛」に変換される。このように、市場交換や贈与交換などのやり取りのなかで相互変換されるのである。ハッチンソンは、そのような変換を通して、「ヌアーは、貨幣交換の実践と原理を、親族と共同体のより永続的な絆の特徴に合体させ( integrate )、ある意味では合成させて( synthesize )いる」[Hutchinson 1996:96]と言っている。ヌアーは、このような実践によって、貨幣という一般化された交換媒体が浸透した後も、「牛によるお金」(まさに「牛−化された貨幣」)の区別に見られるように、純粋に一般化された交換媒体とは異なる様相を加えることで、ボハナンのいう、「ユニセントリックな経済」としての市場経済に完全に陥ることをまぬかれているというわけである。
 ただし、ハッチンソンは、「二重社会」という視点を採っていないので、貨幣という一般化された交換媒体を一般性という特徴を剥奪して別のものにしているという実践の意味を十分に明らかにはできてはいない。すでに述べたように、近代文明が、それまでの文明とは違って、小さなローカルな地域社会にまで、自らの原理を貫徹させる文明だという特徴は、貨幣や国家権力といった「一般化された媒体」を通して、すべてのものを「一般性−特殊性」という対立軸に還元しているからである。その点からすれば、ヌアー社会での「貨幣の牛−化」とは、一般化された媒体であるはずの貨幣から、「一般性」という特徴を取り除く実践ということができるだろう。けれども、その「一般性」の剥奪ということは、「一般性−特殊性」の軸にそった「特殊化」とは違ったものだ。しかし、ハッチンソン自身の議論は、市場経済が現地の経済に接合されたとき、貨幣という一般化された媒体が、一般性を失って、ローカルな既存の文化に翻訳されて適合するものとなった、すなわち特殊化したというものにとどまっていると言えよう*3。それは、一般化され規格化されたマックバーガーが、日本では「テリヤキ・マックバーガー」という特殊化されたものになったというのとほとんど同じ議論となっており、あくまでも「一般性−特殊性」という軸のなかでの特殊化を述べているにすぎない。
 しかし、「二重社会」という視点を採用するならば、このヌアーの事例は、新たに創られた牛と貨幣との等式に関する5つのカテゴリーの区分を用いながら、真正な社会と非真正な社会とを区別しつつ共存させるための実践であるということが見えてくる。貨幣の「牛−化」という実践は、「仕事によるお金」と「牛によるお金」の区別が、周囲の人々によってその人の持っているお金が街で稼いできたお金や魚を売ってえたお金なのか、牛を売ってえたお金なのかを知っていなければ成り立たないものであるように、包括的な顔のある関係、つまり「真正な社会」においてはじめて可能となる。いいかえれば、真正な社会における「貨幣の牛−化」は、「一般性−特殊性」の軸にそった特殊化などではなく、貨幣を「普遍性−単独性」の軸へとずらしている実践なのである。
 貨幣を「牛−化」するというやり方は、グローバルな資本主義という巨大システムを前にすると、とるに足らないものであるかのようにみえるかもしれない。また、そのやり方がいつまで保持されるかもわからない。また、それ自体はヌアーというローカルな社会でしか成り立たないやり方である。けれども、その区別によって、「非真正な社会」と「真正な社会」を区別しながら同時に、二重に生きることが可能となり、そのことによって「非真正な社会」に包摂されながらも、「ユニセントリックな」資本主義経済のシステムへの一元化を免れることが可能となっているのだ。それは、貨幣やシステムを追放することを夢想するのではなく、巨大システムに対抗するために、同じく大きさや一般性を追求するのでもなく、そのシステムと真正な社会との区別を、たえずその区分線を引きなおしながら、維持していく日常的な実践である。
 そのことの重要性の強調は、「一般性−特殊性」の軸に添ったシステム自体の変革を否定するものではない。「二重社会」という視座は、その変革を目指すことがローカルで「小さなもの」の「普遍性−単独性」を否定することに異を唱え、「一般性−特殊性」の軸だけでは人は生きていけないと主張しているのである。そして、そのような生活の場での日常的実践は、人々がどこに生きていても、巨大システムである「非真正な社会」と「真正な社会」という2つの社会を同時に二重に生きているかぎり、それは、どこでもかたちを変えながらなされている、普遍的なやり方だといえるだろう。
 その普遍性を示すために、日本のローカルな生活の場での事例を取り上げよう。それは、東京と群馬の上野村という山村の「二重生活」をしている哲学者の内山節さんが紹介している、上野村の人びとによる「仕事」と「稼ぎ」の区別である。村人のいう「仕事」とは、「村で暮らしていく以上必ずおこなわなければならない労働」で、農作業や山の木を育てる仕事、山道や丸太橋を直す仕事、家事、村の寄合に出る仕事などが入る。これに対して、「稼ぎ」は、本来ならしなくてすませたいけれども収入のため、日銭稼ぎのために出ていく労働で、日当のための土木作業が典型的なものであるが、会社勤めも「稼ぎ」に入る。
 同じ作業でも、自分の持ち山に行って枝打ち下草刈りをするのは「仕事」であるが、森林組合などに雇われて行なう枝打ちや下草刈りは「稼ぎ」になる。また、上野村ではどこの家でもキノコ栽培をしているが、キノコ栽培専業の家が近所の主婦をパートで雇いながら大々的に栽培している場合はキノコの「稼ぎ」をしていると表現されるが、他の家で行なっているキノコ栽培は年間2、30万円ほどの収入になるが、これは「仕事」に属する。それはキノコの栽培が目的で、収入は結果にすぎないからだという。内山さんは、「仕事」の場合は、それ自体はお金のために行なうものではなく、お金の論理をこえたものと捉えている。上野村の人びとが創りだした「仕事」と「稼ぎ」の区別は、生業経済と市場経済との区別にぴったり重なるといえよう。
 このように、「仕事」と「稼ぎ」の区別は微妙なものであるが、村人たちにとっては明確なものである。内山さんはこの区別について、上野村のような山村はかなり古くから「稼ぎ」の村だったことが、「仕事」と「稼ぎ」を使い分けるようになった理由ではないかと推測している。上野村は、平坦地が少なく、山に挟まれて日照時間も短く、稲作には適していなかった。そして、焼畑による畑作で自給していたわけでもなく、江戸時代には養蚕と和紙、35年ほど前は蒟蒻といったように、商品作物が中心で、主食の生産はほどほどにして、むしろ高く売れる商品作物の生産に力を注ぎ、食料を購入する道を選んでいたという。内山さんは、そのような背景が「仕事」と「稼ぎ」の区別を生んだとして、つぎのように言っている。

 このように「稼ぎ」が軸にならざるをえない村であったことが、逆に「仕事」を大事にしようという気風を生みださせたのであろう。「稼ぎ」は1軒1軒、1人ひとりのもの、つまり個人主義的なものである。しかも「稼ぎ」を効率よく実現させようとすれば、自然に敵対する行為も生じかねない。共同的な精神が失われれば、共同体が分解してしまう。おそらく、このような現実を経験していくうちに、生活を守るためには「稼ぎ」も大事だが「仕事」はもっと大事だという気風をつくりだしたのだろうと思う。村という永遠の世界と結ばれているのが「仕事」であり、そのときどきによって変わっていくのが「稼ぎ」である。(中略)
 とすると、今日の一般的な労働の世界では、「仕事」と「稼ぎ」の違いが不明確になった理由もよくわかる。「仕事」を成立させていた、永遠の世界と結ばれていた人間の営みが私たちの目にみえなくなった。永遠の世界自体が感じられないものになったことが、その背景にはある。市場経済とはたえず新しさを競う経済、その意味では永遠性を喪失した経済である。[内山 2006:260]

 この「仕事」と「稼ぎ」の区別が、真正な社会と非真正な社会の間の区別、すなわちレヴィ=ストロースのいう「真正性の水準」によるものであることは容易に理解できよう。そして、ここで、内山さんが「永遠の世界」と言っているのは、内山さんが別のところで[内山 2005]、近代やグローバルな資本主義の追い求める「空間的普遍性」(これはここで「一般性」と呼んできたものである)と対比させている「時間的普遍性」のことだろう。市場経済に包摂=接合されたとき、「仕事」と「稼ぎ」の区別がつくられたのではないかという内山さんの推測が重要なのは、非真正な社会に包摂され、市場経済が不可欠なものとして生活に組み入れられたとき、いいかえれば、人びとが二重社会を生きるようになったとき、上野村の人びとは、「仕事」と「稼ぎ」との微妙な使い分けによって、真正な社会と非真正な社会との区別を引きなおして、一般性−特殊性という対立を生活の場において普遍性−単独性の軸へと変えていくことにより、真正な社会を維持することに成功したということを意味するからである。
 この区別の仕方は、松田素二さんが「切断」と呼んでいる弱者の戦術と重なるだろう。松田さんは、弱者が定型的な語りによって本質的な自己像を描くことの重要性を指摘しながら、この定型的な語りが「いかにして新たな抑圧の手段に堕することなく、変革の道具となりうるのか」が重要なことだという。そして、抑圧された人々が行なってきた、その出口を求めるための試行錯誤の実践のなかから、「切断」という抵抗の仕方を取り出している。それは、定型化した語りの背後で、流動的な現実の生活の場においては「融通無碍で柔軟な制度や観念の改変」という生活実践を行ないながら、そのあいだに弁証法的な止揚や統合の関係をつくろうとせず、互いに共約不可能のまま切断しておくというやり方を指す。そして、切断の意義とは、「定型化された語りと裏腹に、『生活の都合』にあわせた現実の微修正が、論理を超越して自在に」行われることを可能にすることにあると、松田さんは言う[松田 1999:218]。つまり、「定型化された本質主義的な語り」と、それとは「異なる」日常的な生活実践とが、互いに作用し合うことなく並存させる知恵が、この「切断」だというわけである。この「切断」の線は、松田さんはそう言ってはいないが、レヴィ=ストロースのいう「真正性の水準」すなわち、「非真正な社会」のレベルとそこで意味を持つ本質的な言説と、「真正な社会」とそこで意味を持つ融通無碍で臨機応変の実践との間に引かれるといえよう。つまり、それは、「一般性−特殊性」と「普遍性−単独性」との間に惹かれるのであり、その両方での抵抗が重要としている点で、私たちが提示する「二重社会」という視座と重なっている。
 「二重社会」という視座の利点は、貨幣経済が浸透したから純粋な生活世界ではなくなったと捉えるのではなく、また、一般性−特殊性の軸によって、巨大でグローバルなシステムの中ではじめてローカルな真正な社会が特殊なものとして発明されたと捉えるのでもなく(そのような捉え方は、ネグリとハートだけではなく、反本質主義に立つ人類学者も陥りやすいものである)、そのようなシステムとしての非真正な社会に包摂されたのちも、いいかえれば敗北を強いられた後も、小さなものはただ消えていくのではなく、巨大なシステムとは異なる普遍的な社会のあり方(「時間的普遍性」をもつ社会のあり方)としての真正な社会を維持していくことを示すことができる点にある。
 この視点によって、一方的に敗北を強いられている小さなものは、巨大なシステムに対抗するために相手と同じ大きさや一般性を獲得するのでもなく、またそれと同時に生産される比較可能な特殊性に依拠して、一般的なものを特殊なものに変えていくだけのグローカル化や節合を行っているのでもなく、区分線の微妙な引きなおしをしつつ、真正な社会のあり方を維持するというやり方が見えてくるだろう。グローバリゼーションとは、一般性−特殊性という軸によって規定された、一般化された媒体が世界を一般化するとともに(すでに述べたように、その一般性ゆえに、それはどこにでも浸透していくのであり、それが近代文明の特異な性格を生み出している)、ローカルな場に特殊性という性格を付与することである。しかし、人びとは、その一般化された媒体を、真正な社会においては、一般性−特殊性の軸とは異なった、普遍性−単独正の軸にずらして、その一般性という性格を剥奪し、そのことによってグローバルなものを飼い慣らすという実践をしている。小さなものの敗北の場所を志向する人類学は、そのような微妙なやり方を学び、明らかにする実践的な学問であるというのが、「二重社会」という視点から導かれる帰結であり、それこそが真正性の水準という道具を用いて、人類学がなしうる最も重要な貢献だろう。



文献表

阿部年晴
 2007 「後背地から…」阿部年晴・小田亮・近藤英俊編『呪術化するモダニティ――現代アフリカの宗教的実践から』風響社、349-390頁

市村弘正
 2004 『増補 小さなものの諸形態――精神史覚え書』平凡社平凡社ライブラリー

内山 節
 2005 『「里」という思想』新潮社(新潮選書)
 2006 『戦争という仕事』信濃毎日新聞社

小田 亮
 2008 「真正性の水準について」『思想』第1016号、297-316頁
 2009 「共同体と代替不可能性について――社会の二層性についての試論」『日本常民文化紀要』第28輯、1-42頁

湖中真哉
 2006 『牧畜二重経済の人類学――ケニア・サンブルの民族誌的研究』世界思想社

シャルボニエ、ジョルジュ
 1970 『レヴィ=ストロースとの対話』多田智満子訳、みすず書房

ドゥルーズ、ジル
 2007 『差異と反復 上』財津理訳、河出書房新社河出文庫

ネグリ、アントニオ/マイケル・ハート
 2003 『〈帝国〉――グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』水嶋一憲ほか訳、以文社

ハーバーマス、ユルゲン
 1987 『コミュニケイション的行為の理論(下)』丸山高司ほか訳、未来社

ブーケ、J・H
 1979 『二重経済論――インドネシア社会における経済構造分析』永易浩一訳、秋菫書房

松田素二
 1999 『抵抗する都市――ナイロビ 移民の世界から』岩波書店

湯浅 誠
 2008 『反貧困――「すべり台社会」からの脱出』岩波書店岩波書店

レヴィ=ストロース、C
 1972 『構造人類学』川田順造ほか訳、みすず書房
 2005 『レヴィ=ストロース講義――現代世界と人類学』川田順造渡辺公三訳、平凡社平凡社ライブラリー

Hutchinson, Sharon E.
1996 Nuer Dilemmas: Coping with Money, War, and the State. University of California Press.

Parry, J. and M. Bloch (eds.)
 1989 Money and the morality of exchange. Cambridge University Press.

*1:レヴィ=ストロースの「真正性の水準」については、拙稿[小田 2008,2009]も参照されたい。

*2:この「町会や村会」は、フランスの地方議会である町議会や村議会のことであるが、それらを日本の町議会や村議会と同じようなものとして捉えると誤解するだろう。フランスの市町村( commune )の数は、36,500ほどであり、市町村の人口の平均は1700人程度で、町村となれば、数百人規模であり、ちょうどレヴィ=ストロースのいう真正な社会の規模ということになる。それに対して、日本の市町村の数は、平成の大合併の結果、現在1800ほどで、日本の行政単位の町村は真正な社会の規模を超えていて、真正な社会とは言えない。

*3:ハッチンソンの議論は、パリーとブロック[Parry and Bloch 1989]による接合の議論の延長上にあると言っていいだろう。