ロシア・フォルマリズム 桑野隆

1 今世紀の文学理論が変化しはじめた年を特定するとすれば、それを1917年としても、あながち的はずれではあるまい。若きロシア・フォルマリスト、ヴィクトル・シクロフスキイが、先駆的論文「手法としての芸術」を発表したのが、この年である──T・イーグル…

不定形の ジョルジュ・バタイユ

ある辞書が、もはや単語の意味ではなく働きを示すときから存在し始めるとしよう。たとえば「不定形の*1」は、ある意味をもつ形容詞であるばかりでなく、それぞれのものが自分の形をもつことを全般的に要請することによって、価値を下落させる役割をもつ言葉…

建築  ジョルジュ・バタイユ

建築は、人間の表情が個人の存在を表現するのと同様に、社会の存在そのものを表現している*1。しかし、このような比較が適用されるべきなのは、とりわけ公職にある人物(高位聖職者、行政官、提督)の表情である。確かに、社会における理想的存在、権威をも…

建築的身体の解体、変質作用 江澤健一郎

このように『ドキュマン』は、総合的構成に抗い、断片的な構成に訴えるが、これは単に雑誌編集における構成法の問題であるばかりでなく、この雑誌が取り上げる造形芸術の問題と反響しあっていると考えなければならない。『ドキュマン』においてもっとも大き…

詩的言語と周縁的現実 山口昌男

同じ言葉こそ使わなかったが、周縁性の問題を体系的にかつ多角的に、言語の次元で追究したのは、1920年代のロシア・フォルマリズムであり、30年代のチェコのプラーハ構造主義であった。特にフォルマリスト達の提起した詩的言語の問題は、言語ばかりでなく、…

アヴァンギャルドの芸術作品 5. モンタージュ ペーター・ビュルガー

あらかじめ明らかにしておかねばならない重要な点は、モンタージュの概念によって、アレゴリー概念のかわりをつとめるべき新しいカテゴリーが導入されるわけではない、ということである。ここで扱うのはむしろ、アレゴリー概念のある特定の観点を、より正確…

フランソワ・ラブレーの作品と中世ルネッサンスの民衆文化 序論―問題の設定 その2

<その1へ中世の笑いの民衆文化の第二の形式滑稽な文学的作品(ラテン語のものと俗語のもの)へ目を転じよう。 もちろん、これはもはやカーニバルではない(俗語で書かれたこれらの作品のある部分はフォークロアと関連があるにしても)。しかしこの滑稽文学に…

フランソワ・ラブレーの作品と中世ルネッサンスの民衆文化 序論―問題の設定 その1

世界の文学のあらゆる大作家たちのうちで、ラブレーはわが国において知られること最も少なく、研究も最も少なければ、理解も評価も最も低い。 しかし実際はヨーロッパ文学の偉大な創始者たちの中で、ラブレーは第一人者としての位置を占めている。ベリンスキ…

モダニズムと形式からの後退 マーティン・ジェイ

美的モダニズムの歴史は往々にして、内容に対する形式の勝利、芸術作品の外部にある何かの表象もしくは表現に対する自己言及性の神格化として描かれてきた*1。モダニズムに対する批判的言説は、ロジャー・フライやクライヴ・ベルやロシア・フォルマリストた…

音の氾濫、反乱の音 ── 大衆音楽の両義性

アシッド・キャピタリズム 文化という領域が、経済や政治とは区別された独自の領域を形成しているという見方が、もはや成り立ちようもないことは明らかなことだが、しかし文化的な諸現象や諸活動が経済や政治とどのような関わりにあるのかということになると…

解放された観客 ジャック・ランシエール

この書物を書くきっかけとなったのは、数年前に受けたある依頼だった。その依頼は、私の著書『無知な教師』のなかで展開された思想に基づいて、芸術家を集めたアカデミーで行われる観客をめぐる会議の開会のスピーチをしてほしいというものだった(1)。この…

アヴァンギャルドの芸術作品 2 新しさ ペーター・ビュルガー

アドルノの『美の理論』はたしかに、アヴァンギャルドの理論として構想されてはおらず、より大きな一般性を要求するものである。がしかしアドルノは、過去の芸術は現代(モデルン)芸術(die moderun Kunst :基本的には「モデルネの芸術」の意──訳者注)の…

ベンヤミンの芸術理論 ペーター・ビュルガー

周知のようにヴァルター・ベンヤミンは、その論文『複製技術時代の芸術作品*1』(文献6−b)において、芸術が20世紀最初の25年に経験した決定的変化を〈アウラの喪失( Verlust der Aura )〉という概念で表わし、この喪失をさらに複製技術の領域における変…

市民社会における芸術の自己批判としてのアヴァンギャルド

マルクスは『綱要(グリントリッセ)・序説』においてさらに、方法論的に大きな射程距離をもった思考を展開している。この思考も同様に、過去の社会形成物( Gesellschaftsformation )もしくは社会の過去の部分領域( Teillbereich )に関係するものである…

アヴァンギャルドによる芸術の自律性の否定 ペーター・ビュルガー

諸研究の検討から次のように言うことができる。自律性カテゴリーの解明は、これまでのところ、自律的芸術作品の概念において統一体をなすものと考えられるさまざまなサブカテゴリーが、まだ正確には明らかにされていない状態にある。個々のサブカテゴリーの…

モダニズムの絵画 クレメント・グリーンバーグ

モダニズムは、単に芸術と文学だけでなくそれ以上のものを含んでいる。今のところそれは、我々の文化において本当に活きているものの殆ど全てを含んでいるのである。それはまた、偶然に起きた歴史上きわめて目新しいものである。西洋文明は、自己自身の基盤…

ポストモダンの到来(フレドリック・ジェイムソン) 田辺秋守

a ポストモダンの諸傾向 アヴァンギャルドの運動は、ファシズムとスターリニズムとに阻まれ挫折した(もっとも、ダリなどを典型として自ら進んで伝統的慣習へ復帰した者も多いが)。その後に起こったことはモダニズムの衝撃が薄まり、モダニズムの作品自体…

ディオニュソスの美徳 ロジェ・カイヨワ

精神が自らに厳格な規律と最低でも極めて厳しいと言える掟を課している場合に限ってみれば、その精神は陶酔というものをそれらと同列に置き、それが存在するということそれ自体に当惑してみなければならない。というのも、そうした精神にしても、陶酔の誘惑…

ペーター・ビュルガー「現代美学にとってのアヴァン・ギャルドの意義──ユルゲン・ハーバーマスに答える」 小田部胤久 

J.ハーバーマスは1980年,アドルノ賞受賞に際して「近代──未完のプロジェクト」(三島憲一訳,『思想』82年6月号所収)という記念講演を行った。本稿の著者P.ビュルガーは,ポスト・モデルネの保守性を批判しつつ近代(モデルネ)の企てを遂行し続ける…

アヴァンギャルドの芸術作品 1〈作品〉カテゴリーの問題性 ペーター・ビュルガー

アヴァンギャルドの制作物に関連して芸術作品の概念を用いることには、問題がないわけではない。アヴァンギャルド運動によって呼び起こされた作品概念の危機が隠蔽されてしまうとか、したがってこうした論究はそもそも誤った前提から出発していることになる…

プリミティヴィズム(Primitivism)の変容── 観念の相対性をめぐる考察──  大久保恭子

1 はじめに プリミティヴィズムは、その起源を古典古代にもち、ルネッサンスを経て、18世紀啓蒙主義の時代には西洋の非西洋に対する認識、「他者観」として明確な姿を現し、20世紀に至った。その間一貫して語られたのは、人間の最善の状態はその「始まり」…

モダニズムからアヴァンギャルドへ(ペーター・ビュルガー) 田辺秋守

ペーター・ビュルガー(1936-)は『アヴァンギャルドの理論』(1974)のなかで、アドルノのしつらえた理論的な設定枠、つまり芸術の社会的性格と、社会から相対的に独立しているという自律性の[芸術の二重性格]を大筋では認めながらも、いくつかの点で大き…

「モダニズム」の後の「ポストモダン」 田辺秋守

a 「ポスト」の意味 時代的な規定に関して、現代思想において近年もっともさかんに議論されてきた概念は、疑いなく「ポストモダン」(postmodern)という言葉であろう。ポストモダンという言葉は人口に上ること多く、建築から文学、哲学思想から社会現象にい…

モダニズムの擁護(アドルノ) 田辺秋守

モダニズムを理論的にもっとも精妙に擁護したのは、T・W・アドルノ(1903-69)であろう。アドルノの遺作となった『美学理論』(1970)〔邦訳『美の理論』〕は、ボードレール以降の歴史的なモダニズム芸術を範にとる、モダニズム美学の批判的集大成となっている…

いわゆるプリミティヴーアートの発見*1 トリスタン・ツァラ

1907年ころ、アンリ・マチスがレンヌ街のエマン爺さんの店でひとつのアフリカ彫刻を買った後、当時はなお未知のものだったこの芸術*1に対して、新しい画家たちの関心を初めて喚起したのだが、この間の事情は今日ではすでにあらまし人々の知るところになって…

20世紀芸術と多元文化形成:トリスタン・ツァラと「黒人詩に関するノート」 大平具彦

トリスタン・ツァラと言えば、1916年にチューリヒで開始されたダダ運動の創始者であり、後にパリに移住してダダ運動の路線をめぐってブルトンと対立、その後独自の言語宇宙を創り出してシュルレアリスム運動にも参加したルーマニア生まれの詩人として知られ…

20世紀アヴァンギャルド文学・芸術におけるプリミティヴィズムーブレーズ・サンドラールを中心に 西村靖敬

はじめに 19世紀後半に始まったとされる西洋「モダニズム」は、その名の示す通り、古き過去から決別して現代的な新たな価値を探求し標榜する潮流であり、20世紀前半に多発したアヴァンギャルドの諸運動は、このモダニズムの先鋭部隊であったはずだ。だが、前…

モダ二ズム絵画の論理 山梨俊夫

1 モダ二ズムの射程 この章では、20世紀美術の水脈を効果的に透かし見るために、4つめの手がかりとして「モダ二ズム」、ないし「モダニティー」という、これまでの3つとは違い、概念的性格の強い視点を据えてみる。とはいえ、じつのところ、モダ二ズム…

20世紀初めのヨーロッパにおける 「黒人芸術art negre」の発見と評価  稲垣里芳

はじめに 本論文は、ヨーロッパ、特にフランスにおいて、黒人アフリカの造形物が「芸術(art)」 と呼ばれ始めた20世紀初頭の状況を探ることによって、民族学的資料と芸術作品と の境目を問い直し、西洋的なファイン・アートとは異なる文脈において制作され…

ワールドアートと美学── <芸術>の多元的状況をめぐって 室井尚

(口頭発表原稿於美学会、関西大学13.Oct.96 )1.アートという「場所」の消滅 90年代に入って、文化やアートを取りまく状況はますます混沌とし始めてきた。冷戦構造の解体と、メディアのグローバル化・ネットワーク化に伴うコミュニケーション構造の根源的…