garage sale 目次

石田圭子

  1. 芸術による批判は可能か?──アドルノの文化批判論をめぐって  PDFで読む

石田潤一

  1. ネオリベラリズム分析の検討 ──支配的影響力の要因と「脱政治性」の観点から──  PDFで読む

石村実

  1. 絵画表現における重層性について  PDFで読む

伊藤誠

  1. サブプライムから国家債務危機へ

稲垣里芳

  1. 20世紀初めのヨーロッパにおける 「黒人芸術art negre」の発見と評価

イルコモンズ(小田マサノリ)

  1. 〈帝国〉のアートと新たな反資本主義の表現者たち  PDFで読む

上野俊哉

  1. 悪名を継ぐ
  2. シチュアシオニストを斜めから見ること

鵜飼哲

  1. 〈ここ〉と〈よそ〉──シチュアシオニストと第三世界の革命

江澤健一郎

  1. 建築的身体の解体、変質作用

大久保恭子

  1. プリミティヴィズム(Primitivism)の変容── 観念の相対性をめぐる考察──

大平具彦

  1. 20世紀芸術と多元文化形成:トリスタン・ツァラと「黒人詩に関するノート」

岡本太郎

  1. シケイロスと現代美術評論

小田亮

  1. 小田亮論文集

小倉利丸

  1. 都市空間に介入する文化のアクティビスト パブリック・アートの政治性  PDFで読む
  2. 原発は資本と国家の狂気である  PDFで読む
  3. ナショナリズムを根源から拒否しうる価値の創造へ  PDFで読む
  4. 「愛」と「成長」のダークサイド  あるいは夢想家になることの必要について  PDFで読む
  5. いま現在の運動へつらなるラディカリズム
  6. もっと暗闇を!──グローバル資本主義批判から原発批判への道を探る  PDFで読む
  7. グローバル資本主義の金融危機と労働力支配  PDFで読む
  8. 社会正義のために経済の「破綻」を恐れてはならない──原発事故から学ぶべきこと──  PDFで読む
  9. 測定とミクロの権力 放射能汚染問題をめぐって  PDFで読む
  10. 「成長」とナショナリズム──不可能性としてのアベノミクス
  11. 所有と表現の自由
  12. 社会に介入するアート ──シチュアシオ二ストの実験とボイスの「社会彫刻」
  13. ストリート文化の非犯罪化のために――所有権に抑圧される表現の自由
  14. 音の氾濫、反乱の音 ── 大衆音楽の両義性

小田部胤久

  1. 不気味なもの── ハイデガー
  2. 芸術の終焉 ── ダントー
  3. ペーター・ビュルガー「現代美学にとってのアヴァン・ギャルドの意義──ユルゲン・ハーバーマスに答える」

加藤政洋

  1. ストリートの現働化 規律―管理社会をめぐる時間地理学からの展望  PDFで読む

ギー・ドゥボール

  1. 病んだ惑星

北川正

  1. バタイユが捉えたマネの「聖性」について  PDFで読む

木下誠

  1. 秘密言語の共同体──スペクタクルの社会におけるドゥポールの闘争の戦略
  2. 「転用」としての闘争──シチュアシオニストと68年
  3. スペクタクルを盲目にする
  4. 『スペクタクルの社会』訳者解題 付「シチュアシオニスト・インタナショナル」の歴史

工藤キキ

  1. ポスト・ノー・フューチャーにとって政治とはなにか──シーンなきアートの現場から

熊倉敬聡

  1. アドルノ,ブランショ,グリーンバーグ  ──批評におけるモダ二ズムというイデオロギー  PDFで読む
  2. コラボレーションの脱資本主義的可能性について──ロシア・アヴァンギャルドを中心に──  PDFで読む
  3. 来るべき<幸福学>へのノート 頑張らなくてもいい社会に向けて  PDFで読む
  4. エイズ・デモ・グラフィックス, あるいは芸術の死?  PDFで読む

栗原幸夫

  1. スペクタクル社会に亀裂をつくるために
  2. 同時的体験の時代──堀田善衛の想い出に──

クレメント・グリーンバーグ

  1. セザンヌ
  2. モダニズムの絵画

黒瀬勉

  1. 知識と権力 ──言説としてのオリエンタリズム──  PDFで読む

桑野隆

  1. ロシア・フォルマリズム

高祖岩三郎

  1. アートとアクティヴィズムのあいだ───あるいは新しい抵抗運動の領野について
  2. 「その名」を公共圏に記しつづけよ!

河野哲也

  1. ウィルダネスとホームレスネス ――荒野・大海原、そして、家のないこと――  PDFで読む

古賀徹

  1. 機能主義の美学 ──アドルノのデザイン論を通じて──  PDFで読む
  2. 今日のモダニティ 2010年代のデザインと社会  PDFで読む

粉川哲夫

  1. 粉川哲夫の本
  2. 「パフォーマンス」の現象学  PDFで読む
  3. イタリアの熱い日々――街路と個室を結ぶメディアヘ  PDFで読む

小手川正二郎

  1. レヴィナスにおける還元の問い  PDFで読む

コリン・コバヤシ

  1. 「世界は売り物ではない!」 フランス農民総連合の文化闘争
  2. 新たな状況を構築するアクティヴなアートは可能なのか

近藤紀宏

  1. 「知のあり方」について──『オリエンタリズム』の視点から  PDFで読む

斎藤貴男×木下正樹

  1. このここまでヤバい、今の日本!  PDFで読む

斎藤純一

  1. 分断化する社会と生の保障  PDFで読む
  2. 「第三の道」と社会の変容 ──社会民主主義の「思想」的危機をめぐって─  PDFで読む
  3. 公共性と自由/セキュリティ──社会的連帯の理由をめぐって  PDFで読む

酒井隆史

  1. メガロポリスの予言者 ──現代都市における所有と占有について──  PDFで読む
  2. 〈運動〉以降   PDFで読む
  3. A Scanner darkly 統合されたスペクタクルと秘密の支配   PDFで読む

佐野栄一

  1. セザンヌと『知られざる傑作』(I)   PDFで読む
  2. セザンヌと『知られざる傑作』(Ⅱ)   PDFで読む
  3. セザンヌと『知られざる傑作』(Ⅲ)   PDFで読む

シチュアシオニスト

  1. アンテルナシオナル・シチュアシオニスト

渋谷望

  1. ポスト総中流社会におけるナショナリズムのゆくえ  
  2. 「抵抗」して生き残れ  

澁谷政子

  1. 前衛音楽のアイデンティティについての問い──「音楽の零度」と「不評」の相克   PDFで読む

ジャック・ランシエール

  1. 解放された観客

ジャン=フランソワ・ロジェ

  1. 歴史の思考の最期――ギー・ドゥボールとシチュアシオニストの映画

ジョルジュ・バタイユ

  1. 建築
  2. 不定形の
  3. アカデミックな馬

ジョン・ホロウェイ

  1. 1968年と抽象的労働の危機(1968 and the Crisis of Abstract Labour)   PDFで読む

末永照和

  1. セザンヌ空間の構造 「サント・ヴィクトワル山」連作を中心に   PDFで読む

ティーブン・シュカイティス

  1. 情動構成の美学 ──観客を消滅させ、群衆蜂起をうながす  スティーブン・シュカイティス 西川葉澄=訳  PDFで読む

スラヴォイ・ジジェク

  1. 永遠の経済的非常事態 スラヴォイ・ジジェク 長原豊訳

関根康正

  1. 都市の歩道空間の聖化にみる 抗争場としてのストリート 南インドチェンナイ市における歩道寺院を事例に  PDFで読む
  2. 『ストリートの人類学』という批評的エスノグラフィーの実践と理論 その1その2その3  PDFで読む

高木彰

  1. 「自然の数学化」と学問の「危機」──E.フッサールの後期の所説に関連して── その1その2  PDFで読む

高階勝義

  1. フッサールの科学批判と「生活世界」概念  PDFで読む

高橋綾

  1. 知覚における絵画的意味  PDFで読む

高橋紀穂

  1. 時間を忘れる──表象と労働  PDFで読む

武盾一郎

  1. 画家よ生きてくれ! クリエイティヴ・レイバー(芸術労働者)宣言
  2. 路上画家(ダンボールハウスペインター)武盾一郎氏に聞く ──新宿訳西ロダンボールハウス村より (聞き手)小倉虫太郎  PDFで読む
  3. 新宿人肉工場の聖霊リアリズム シンポジウム 究極Q太郎・平井玄(2005年10月8日)  PDFで読む
  4. 新宿区ダンボール絵画研究会シンポジウム 中原佑介・毛利嘉孝・山根康弘・深瀬鋭一郎(2005年10月10日)  PDFで読む
  5. 魚を抱えた恵地寿様 武盾一郎/丸川哲史(聞き手)

田中彰

  1. 生きられる空間−空間を考えるための方法論的観点

田辺秋守

  1. 「モダニズム」の後の「ポストモダン」
  2. モダニズムの擁護(アドルノ)
  3. モダニズムからアヴァンギャルドへ(ペーター・ビュルガー)
  4. ポストモダンの到来(フレドリック・ジェイムソン)

だめ連

  1. だめ連宣言 神長恒一  PDFで読む
  2. だめ連は何をめざすか 鵜飼哲+小倉虫太郎+神長恒一+ペペ長谷川  PDFで読む
  3. 平日昼間の男たちをめぐって
  4. 高学歴ニート達が世の中を斬る!

者 貞煥

  1. 世界資本主義の危機と代案をめぐる葛藤   緊縮、福祉、占拠という3つの岐路に立って

沈没家族

  1. 保育に人がやってくる 「沈没家族」共同保育の試み
  2. 沈没家族のゆかいな仲間たち

照井日出喜

  1. アヴァンギャルドの「死」──アドルノの美学理論の射程1  PDFで読む
  2. 美的ユートピアの場──アドルノの美学理論の射程2  PDFで読む

外山紀久子

  1. 自律と疎外の構造──モダ二ズム芸術論の再編成へ向けて──  PDFで読む
  2. 「アヴァンギャルドの失敗」をめぐる言説の意味するもの  PDFで読む

トリスタン・ツァラ

  1. いわゆるプリミティヴーアートの発見

永井隆

  1. セザンヌのパリ滞在の意味  PDFで読む

永野潤

  1. 合法性が正当性を虐殺するとき  PDFで読む
  2. 魔法使いの肖像──サルトル『ユダヤ人問題についての考察』についての考察

南後由和

  1. コンスタントのニューバビロンと1960年代の建築界との相互関係  PDFで読む

西村靖敬

  1. 20世紀アヴァンギャルド文学・芸術におけるプリミティヴィズムーブレーズ・サンドラールを中心に  PDFで読む

ハキム・ベイ

  1. T. A. Z. The Temporary Autonomous Zone(一時的自律ゾーン), Ontological Anarchy(存在論的アナーキー), Poetic Terrorism(詩的テロリズム)   epub PDF で読めます

ハンス・アヴィング

  1. なぜアーティストは貧乏なのか?

檜垣立哉

  1. 「差異」の差異──ドゥルーズとデリダ──  PDFで読む

廣田正敏

  1. 19世紀末フランス芸術──セザンヌを中心に──  PDFで読む

フランコ・ベラルディ

  1. 戦士・商人・知者  PDFで読む
  2. ネット文化、ニューメディアと社会的身体  PDFで読む
  3. 今日オートノミーとはなんであるか?  PDFで読む

ペーター・ビュルガー

  1. 市民社会における芸術の自己批判としてのアヴァンギャルド
  2. ベンヤミンの芸術理論
  3. アヴァンギャルドによる芸術の自律性の否定
  4. アヴァンギャルドの芸術作品 1〈作品〉カテゴリーの問題性
  5. アヴァンギャルドの芸術作品 2 新しさ
  6. アヴァンギャルドの芸術作品 5 モンタージュ

マーティン・ジェイ

  1. モダニズムと形式からの後退 マーティン・ジェイ

三浦丈典

  1. シチュアシオニストの活動とその意義  PDFで読む

ミハイル・バフチン

  1. フランソワ・ラブレーの作品と中世ルネッサンスの民衆文化 序論―問題の設定 その1
  2. フランソワ・ラブレーの作品と中世ルネッサンスの民衆文化 序論―問題の設定 その2

室井尚

  1. 「美学」の喪失
  2. ワールドアートと美学── <芸術>の多元的状況をめぐって

毛利嘉孝

  1. サイバーシティのロボット Robots in the Cybercity  PDFで読む

森雅彦

  1. 近代芸術(モダン・アート)という「歴史=物語」── モダニズム再考──  PDFで読む

八束はじめ

  1. 「空間」を(とりわけ社会の中で)考えようとする者たちへ

山口昌男

  1. 詩的言語と周縁的現実

山中哲夫

  1. マネの新しさ  PDFで読む

山梨俊夫

  1. モダ二ズム絵画の論理

横山奈那

  1. 両義性の実存的絵画論──前期メルロ=ポンティにおける 「セザンヌ」 の意味──  PDFで読む

吉田裕

  1. 2つのマネ論──バタイユとフーコー  PDFで読む

ロザリン・ドイッチ

  1. 民主主義の空隙(比嘉徹徳=訳)”THE THRESHOLE OF DEMOCRACY”  PDFで読む

ロジェ・カイヨワ

  1. ディオニュソスの美徳

亘明志

  1. スペクタクルの支配とメディア文化 The Domination of the Spectacle and the Media-Culture  PDFで読む

和田康

  1. 瞬間と現象

動画

  1. 高学歴ニート達が世の中を斬る!
  2. デモから振り返る2011年  松本哉さん×イルコモンズさん

アカデミックな馬

 動物界の歴史では、唖然とするような変態がただ相次ぐだけであり、そこには人間の歴史に特徴的な決定要因、つまり哲学、科学、経済条件の変様、政治や宗教の革命、暴力と錯乱の時代......を思わせるものは、見たところなにもない。さらにそれらの歴史的変化は、まずは因習的に人間に与えられた自由に属するのであり、人間とは、行動と思考において逸脱が認められた唯一の動物なのである。人間は、自分だけがその自由の発現であると思い込んでいるが、しかし同様にその自由が、なんらかの動物、つまりその独特な形態が、無数の可能性から無根拠に選択されたことを表す動物の真実でもあることは、それでも明白である。実際のところ、その形態が同類によって同じまま繰り返されていようと、それは重要ではない。つまり、馬や虎の驚くべき多様性は、得体の知れぬ決定の自由をまったく損なうことはないし、その自由にこそ、それらの存在に固有な原理を見出すことができるのである。後はただ、恣意的な発想を退けるために、動物の形態的な相違と、人間の実存条件を周期的に覆す矛盾した諸決定の間に、共通尺度を確立するだけである。
 
 人類の発展に関連した造形形態の交代が、自然形態の発展が特定の場合に示す形態の交代に類似しているように思える。たとえば、アカデミックあるいは古典的な様式は、バロック的で常軌を逸した、あるいは野蛮なあらゆるものと対立していて、根本的に異なるそれらの二つの範疇は、矛盾した社会状態にときには対応しているのだ。そのように様式を、本質的な状況の表現や徴候とみなすことができるのであり、動物の形態もまた、アカデミックな形態と常軌を逸した形態に分類することができるのだから、それと同様なのである。
 征服以前には、ガリア人の文明は、中央アフリカに住む現存部族の文明と似通ったものであり、社会的な観点では、そうして古典的な文明に対する真の反定立となっていた。ギリシア人やローマ人の体系的な征服に対して、イタリアやギリシアを横断するガリア人の支離滅裂で徒労に終わる侵入を、難なく対置することができるし、恒常的な組織力に対して、不安定性や行き場のない興奮を一般的に対置できるのである。 規律正しい人間に価値や公的権威の意識を与えられるあらゆるもの、つまり建築、理論的な法律、世俗的な科学、文学者の文学を、ガリア人たちは知らないままであった。彼らはなにも計算せず、いかなる進歩も考えず、直接的な暗示やあらゆる暴力的な感情を自由に湧き上がらせていたのだ。
 まさにそのような対立に対応するものとして、造形的な次元の事実を示すことができる。外来のいくつかの貨幣を 商業的な交易で利用していたガリア人は、すでに紀元前四世紀から、いくつかのギリシア式貨幣、とくに裏面に馬が表象された貨幣(たとえばマケドニアのスタテール金貨) を模刻して、独自の発行貨幣を鋳造し始めた。しかし、彼らの模倣は、彫刻師の不器用さによる通常の野蛮な変形を単に示しているのではない。さまざまな部族が想像した常軌を逸する馬は、技術的な欠陥よりも積極的な法外さによるものであり、当初の図式的な解釈を、いたるところでもっとも不条理な帰結へといたらしめた。
 ギリシアガリアの二つの表現にある関係は、もっとも完璧でもっともアカデミックなものに当然のように数えられる動物、つまり馬の高貴で正確に計算された形態が問題であるだけに重要である。いかに逆説的に思えようとも、奇妙な一致からアテナイ起 源とされる馬(2)は、たとえばプラトン哲学やアクロポリスの建築と同じ資格で、イデアのもっとも完璧な表現の一つである。そして、古典時代におけるこの動物のあらゆる表象は、人々を熱狂させるかもしれないが、それでも共通の尊大さ、つまり古代ギリシア的精髄との深い類縁性を必ず露わにしているのだ。確かに、あらゆる価値の源泉である一種のイデア的な完璧さへと、あたかも社会形態や思考形態と同様に身体の形態が向かうかのように、事態は生じているのである。あたかもそれらの形態の段階的な組織化が、不変の調和と階層性を、つまりギリシア哲学が、具体的な事実とは無関係にイデアの固有性として示そうとした調和と階層性を、少しずつ満たそうとしてきたかのようである。いずれにせよ、高貴で決定的な観念が物事の推移を統制して導くと、そう考える欲求にもっとも従属した民族は、馬の身体を形象化して自分の妄念を容易に表現することができたのだ。ならば、蜘蛛やカバの忌まわしく喜劇的な身体は、 その精神の高揚に応えることはできなかっただろう。
 
 野蛮な民族の不条理さは、科学的な尊大さと矛盾していて、悪夢は幾何学的な図面と、ガリアで想像された怪物馬はアカデミックな馬と矛盾している。 これらの幻想が生じた未開人たちは、秩序だった民族に人間的な威厳を意識させる主導的で偉大な観念に、滑稽で支離滅裂な動揺、暴力的で恐ろしいイメージの連続を還元することなどできず、彼らに届いた貨幣に描かれた整った形態と、 魔術的な価値をはっきりと区別することもできなかった。しかしながら、不条理な要素の入る余地をなくす完璧な正確さと明瞭さは、警察の規則が泥棒仲間の喜びと対立するように、彼らの習慣と対立していたのである。実際、ギリシア人の観念論的な発想を必然的に麻痺させるあらゆるもの、つまり挑発的な醜さ、血まみれの光景や恐怖と結びついた興奮、度外れな叫喚、すなわち希望も安定ももたらさず、いかなる威厳も与えず、いかなる意味、いかなる有用性ももたないものが問題なのであった。そして、だんだんと古典的な馬は解体され、最後には形態の 狂乱にいたったのだが、この解体は規則を侵犯したのであり、暗示のまにまに生きるこれらの民族の怪物的な心性を、正確に表現することができたのである。ガリア人が生み出したおぞましい猿やゴリラのような馬、言語道断な習性の動物 たち、醜さの極みは、しかし荘厳な幻影、驚天動地の驚異であり、滑稽で身の毛もよだつ人間の夜が、観念論者たちの凡庸さや尊大さに突きつける決定的な反駁を、そうして表していたのだ。
 見たところ人間の活動領域に限定された以上の対立を、動物界全体で示される同等の対立になぞらえる必要がある。確かに、蜘蛛、ゴリラ、カバのような自然が生む特定の怪物は、ガリアの想像上の怪物と不可解だが深い類似性を明らかに示していて、それらの怪物のように、アカデミックな動物、とりわけ馬の正確さをあざ笑っているのだ。したがって、熱帯地方の腐りかけた森とよどんで腐った沼地は、調和に満ちて規則正しいこの世のあらゆるもの、正確な様相によって権威を持とうとするあらゆるものに対して、言葉に表せないような反駁を再び行うだろう。そして、蜘蛛たちが身を隠して共食いをする、われわれの家の地下室もまた同様であり、さらに自然の恥辱が住み着く他の隠れ家もまた同様であろう。あたかも忌まわしい恐怖が、動物の生が示す高尚な形態に抗う、確固不動で不可避な反論であるかのようだ。
 そして、現在の馬が鈍重な厚皮動物から派生していると、古生物学者が認めていることをこの点で指摘するのは重要であり、この派生を、醜悪な類人猿に対する人間の派生と関連づけることができるのだ。おそらく、少なくとも外見の様相に関しては、馬と人間の正確な祖先について確信を抱くのは難しい。しかしながら、カバやゴリラ のような現在の特定の動物が、非常に均整の取れた動物に対して原初的な形態を表していることは疑う余地もない。したがって、生むものと生まれるもの、父と息子に関してこうして考察された対立を位置づけるべきであり、吐き気のする掃き溜めから現れる高貴で優雅な姿を、典型的な事実として表さねばならないのである。こうして対立する二項に客観的な価値を授ける必要があるなら、自然は、両項の一つと常に激しく対立して進行するのであり、自分自身に常に反乱を起こす状態で表されねばならないだろう。つまり、あるときは不定形で不明瞭なものに対する激しい恐怖が、人間という動物や馬の明確さにいたり、あるときは深刻な動揺のなかで、もっともバロック的でもっとも吐き気を催させる形態が相次いで生じるのである。人間の生に固有と思えるあらゆる転覆は、この入れ替わる反乱、つまり怒りの爆発とともに生じる苛酷な 揺動の一様相に他ならず、果てしなく続く、脈打ち沸き立つ革命の連続を限られた期間に恣意的に、雷雨の日に生じる一つの波のようにみなすなら、それが分かるだろう。
 
 おそらく、それらの揺動の意味を歴史的な変転を通じてたどるのは難しい。ただときおり、たとえば大侵略におけるように、段階的な組織化の理性的な方法に対して、もはや望みなき支離滅裂が勝るのをはっきりと見ることができるのだ。しかし造形的形態の変質が、しばしば大いなる転覆の主要な徴候を示しているのである。したがって今日、あらゆる規則的な調和の原理に対する否定が、こうして変革の必然性を証明しに到来しなければ、なにものも転覆されることはないと思えるだろう。一方で、最近のその否定が、実存の基盤そのものが問われたかのように、このうえなく激しい怒りを引き起こしたことを忘れてはならない。そしてその一方で、まだ推し量りがたい 深刻さで、人間の生の現状とはまったく相いれない精神状態を表しながら、事態が生じたことを忘れてはならないのだ。